後遺障害等級14級で50%の労働能力喪失率が認められた裁判例 ~ダンスのインストラクターができなくなった高齢女性の労働能力喪失率~(札幌地裁平成27年2月27日判決)

<事案の概要>
ダンス教室を夫と経営し、そのインストラクターをしていた症状固定時60歳の女性Xが、横断歩道を横断中、Y運転の乗用車に衝突されて骨盤骨折、右橈尺骨骨折等の傷害を負い、残存した腰仙部痛、右手関節痛等につき、損保料率機構より後遺障害等級併合14級の認定を受けたため、XがYに対し、損害賠償を求めた事案。

<主な争点>
①Xの基礎収入(役員報酬を基礎収入に含めるべきか否か)
②Xの労働能力喪失の程度

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 1193万0271円 1187万3201円
入院雑費 39万3600円 36万6000円
通院交通費 9600円 9600円
休業損害 451万6068円 239万8668円
入通院慰謝料 336万円 305万円
逸失利益 7387万1737円 1671万5911円
後遺障害慰謝料 1253万円 400万円
小計 3841万3380円
過失相殺(7割) ▲2688万9366円
確定遅延損害金への既払金(195万円)充当後の残額 1028万7214円
弁護士費用 103万円
合計 1億0466万1276円 1131万7214円

判断のポイント

①Xの基礎収入(役員報酬を基礎収入に含めるべきか否か)

Xは、夫とともにダンス教室を事業とする会社を経営しており、その役員報酬として年間300万円を得ていました。Xはこれを休業損害の算定に当たっての基礎収入に含めるべきであると主張したのに対し、Yは、役員報酬すべてが労務対価ではなく、基礎収入に含める金額は、その半分の150万円とすべきと反論しました。
このような双方の主張に対して、裁判所はXの主張のとおり、300万円を基礎収入に含めるべきとし、また、Xは家事労働も行っていたとして、賃金センサスに基づきXの基礎収入は355万9000円であると認定しました。
会社を経営している場合、その会社役員は、企業に雇用される従業員とは異なり、その収入は労務の提供に対する給与ではなく、受任業務に対する報酬となるため、その内容には、役員としての稼働に支払われる労務対価部分と経営結果による利益配当的部分があるため、後者に関しては、役員の地位に留まる限り、休業をしても原則として損害は生じないと考えられています。そのため、役員報酬として収入を得ている場合には、労務対価部分と利益配当的部分の割合が争われることが多いのですが、この割合をどのように算定するかについては定まった公式がなく、会社の規模や収益・業務内容、役員の職務内容等様々な事情を参考にして判断されることになります。
本件では、Xがダンス教室での指導などを夫と分担して行い、会社の金銭管理も行っていること、その労務提供の結果がそのまま会社の収入となっていること、他に利益配当的部分が含まれているという具体的事情もうかがえないこと等を理由に、Xが会社から支給された役員報酬年300万円全額を労務対価部分であり、これを基礎収入に含めるべきであると認定しました。
会社の役員であったとしても、個人会社の経営者などは、その労務提供の対価がそのまま会社の収入となっているような場合が多いため、役員報酬がそのまま基礎収入となることが多く、Xの場合も、まさにダンス教室における指導という労務が会社の収入につながっていることが重視されて、役員報酬の全額が労務対価部分と認定されたものといえます。
なお、本件ではXが主婦として夫のために家事を行っていたことも考慮されて、賃金センサスに基づく年収が基礎収入として認定されました。
通常、家事の他に通常の仕事も行い給与を得ている兼業主婦の休業損害の場合、事故によって仕事での収入が得られなかった分と賃金センサスに基づく家事制限による逸失分のいずれか高いほうを基礎収入とすることになりますが、本件では事故前年の女性学歴計全年齢平均の355万9000円のほうが300万円よりも高額であったため、前者を基礎収入としたものといえます。

②Xの労働能力喪失の程度

本件では、Xには損保料率機構より後遺障害等級の併合14級が認定されていました。そのため、Yは、逸失利益の算定に当たっては、一般的なケースにおいて14級で認定される労働能力喪失率である5%を基礎とすべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、Xの労働能力喪失率を、その10倍に当たる50%と認定し、また、通常は他覚所見のない神経症状では5年とされる労働能力喪失期間を13年(当時の61歳女性の平均余命27.42年の半分)と認定したのです。
労働能力喪失率は、事故後に残存した症状が、将来の仕事にどれだけ制限し、経済的な不利益を与えるのかという見地から認定されるものですが、14級に相当する他覚所見のないむち打ちなどの神経症状ですと、自賠責の後遺障害等級表では、Yが主張したように、その喪失率は5%とされています。そして、裁判所も、特段の事情がなければ、それに従って5%と認定するのが通常です。
もっとも、労働能力喪失率は、上で述べたとおり、将来の仕事への制限によって被る経済的不利益の程度の問題ですから、被害者の就いている職種や属性によっては、不利益の程度が5%ではすまないような場合もあります。
本件では、Xに残存した症状自体は併合14級として認定されていることを前提に、Xが腰仙部痛や右手関節痛等によって、ダンスをすることができなくなり、自らがダンスをして手本を見せながら指導するという方法で行っていたダンス教室の開講自体ができず、実際に受講者が離れていき、会社の売上高が激減したこと、その後再就職を検討したものの、高齢のため職種が限られ、ようやく就けた工場でのアルバイトも、インストラクターをしていたときよりもはるかに低い収入となったことなどの事情から、裁判所は、「不法行為による損害賠償は当該被害者に具体的に生じた不利益を補てんして、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするもの」であり、その「目的に照らすと、収入の減少の程度も労働能力喪失率を判断する重要な考慮要素になるというべきであり、特に、後遺障害により事故前の職業を継続することが不可能になったものの、被害者の年齢からして、再就職できる職種も限られ、他の職業で事故前と同等の収入を得ることは難しく、将来にわたり事故前と比較して相当の経済的不利益を受け続けるという事情がある場合には、その点も十分に考慮しなければ、被害者を不法行為がなかったときの状態に回復するという制度目的に反することになる」と判示して、上記のとおり、Xの労働能力喪失率を50%と認定しました。
この判断のポイントは、①Xのダンスが、残存症状によって行うことができなくなったことで、Xの会社の売り上げが激減したこと、②Xが高齢のため再就職をしても以前と同等の収入を得られなくなったことを重視した点です。
逸失利益は、予測しづらい将来の損害を認定することになるため、裁判所としても、労働能力喪失率についてはある程度消極的な判断にならざるを得ないと考えられますが、本件においては、症状固定後に実際にXの経済状況の激変という事情に重きを置いて、14級としては類をみない50%という高い労働能力喪失率を認定したのです。

後遺障害による逸失利益の認定は、残存した症状によって、どれだけ将来失われる利益があるのかを、具体的な事情に基づいて主張できるかが重要になります。そのため、適切な賠償を受けるためには、適切な主張立証が不可欠となります。交通事故によって生じた後遺症についてお悩みの方は、まずは当事務所までお気軽にご連絡ください。