Q 会社経営者や役員は交通事故でケガをしても、入院・通院で休んだ分の損害は補償してもらえない?

IT企業を立ち上げて2年、その代表取締役社長を務めるAさんは、身を粉にして働いて、従業員数は少ないながらも、今年は会社の年間売上げ3億円を達成するに至りました。しかし、そんな順風満帆の折、いつものように午前0時まで働いて帰路に着く途中、青信号の横断歩道を渡っていると、突然、よそ見をしていたBさんの運転する車にはねられることに。

この事故によってAさんは手と足を骨折し、1か月の入院と、4か月の通院をせざるを得なくなりました。Aさんはこの入院期間は仕事をまったくすることができず、また、退院後に治療のために通院した日も仕事ができませんでした。そのため、その年のAさんの代表取締役としての報酬は、仕事ができなかった分、減らさざるをえなくなりました。そこでAさんは、加害者であるBさんに対し、「休業して報酬が減った分を補償してもらいたい!」と伝えたところ、Bさんから、「あなたのような会社の代表取締役は、あくまでも役員の地位に基づいた報酬をもらっているのだから、休業しても収入が減少するわけではない。だから補償はできませんよ。」と言われました。

しかし、Aさんは、毎日会社に一番最初に来て一番最後に帰っており、また、独自のノウハウを生かしたプログラミングや他の会社との交渉などの重要な仕事はすべてAさんが中心となって行っていたため、Aさんの仕事は他の従業員では代わりはできないものでした。このように、勤務時間の長さも仕事の重要度も従業員よりも上であるにもかかわらず、代表取締役だからという理由で、休業した分の補償が受けられなくなるものなのでしょうか?

A 役員の仕事でも労務の対価と認められる部分については、休業損害として請求はできます。

1 休業損害とは?それが認められる範囲は?

休業損害とは、事故による傷害によって仕事を休業しなければならなくなったために、治療期間中に仕事をしていれば得られたであろう利益を得られなかったことによる損害のことをいいます。

そのため、休業損害として認められるものは、労務の対価、すなわち、仕事をすることによって得られるものに限られます。個人企業など一部の例外はありますが、企業の経営者の方の役員報酬には、仕事をすることによって得られるもののほかに、企業の業績から、役員としての地位にあることによって、仕事をしたか否かにかかわらず当然に得られるもの(利益配当的な部分)も含まれているのが通常ですので、その部分については、原則として休業損害としては認められないことになります。

したがって、役員報酬のうち、どのくらいの割合が労務の対価として認められるかによって、裁判などで休業損害として認められる金額が変わってくることになるのです。しかし、実際にどのくらいの割合が労務の対価として認められるのかは、単純に計算することはできません。なぜなら、これは会社の規模や収益・事業内容、役員としての職務内容・役割・年齢、他の役員や従業員の報酬・給与の支給状況等を参考にして判断されるものだからです。

ちなみに、役員報酬の労務の対価としての割合が計算できないような場合は、男性ならば男性の、女性ならば女性の労働者の平均賃金で計算されることが多いと考えられます。

2 実際の裁判例ではどうなっているか

たとえば、特殊車両の製造会社の取締役であった被害者男性の報酬について、加害者側が、被害者の収入には利益配当的な部分が含まれているとして、休業損害を計算する基礎となる収入を、当時の被害者の役員報酬額とすべきではないと主張したのに対し、裁判所は、役員報酬全額を労務の対価と認めた事例があります(大阪地裁平成13年10月11日判決)。

この判決は、被害者が取締役を務める会社において、特殊車両の設計・製作技術者として高度な能力を有していたことや、被害者以外にその仕事を代わりに行える社員がおらず、職務としてもっぱら設計・製作を担当していたものであることを理由に、被害者が得ていた収入はすべてが労務の対価であるとしたものであり、休業損害を会社の事業内容や被害者の職務内容・役割を参考にして判断したものといえます。

これに対し、東京地裁平成7年1月13日判決の事例では、設立して間もない会社の代表取締役と取締役の夫婦である被害者らが、役員報酬として確定申告をした金額について、裁判所は、会社の収支を釣り合わせるための名目的な支出に過ぎず、その収入を得ていたとは認められないとして、役員報酬額を休業損害の基礎収入とすることを認めませんでした。

登記簿上は会社の取締役とされているものの、実際には仕事をしていない、もしくは簡単な仕事をするにとどまっているような、いわゆる名目的取締役の場合、役員としての実体がない以上、その地位に基づいた労務というものは存在しないといえますから、その対価としての役員報酬額を休業損害として計上することが認められないのは当然といえるでしょう。

3 Aさんの場合は?

今回のAさんの場合、上記の大阪地裁の裁判例に照らすと、IT企業である会社において、独自のプログラミング知識などの高度な能力を持っていたことや、その能力を生かしたプログラミング作業や他の会社との交渉など、その仕事を代わりに行える従業員がいないことなどからすると、Aさんの得ていた収入の相当な割合が、労務の対価として認められるのではないかと思います。

このように、役員の報酬が休業損害として認められるか否か、そしてどの程度認められるのかは、上記のようにさまざまな要素によって判断されることから、個人の方がお一人で判断するには限界があると思います。

当事務所では、交通事故に強い弁護士が、そのような判断も含めて、交通事故に遭われた方をサポートいたします。詳しくは当事務所までお問い合わせ下さい。